その一言につきる。
エルシィは本当にどこでも馴染みよるな。
ドクロウにエルシィは置いていけ言われてそれをさも当然と受け入れる桂馬も、そんな状況に全く気づかないエルシィもどちらもバディとしては如何なものかと。
この2人の距離感はこれでいいと思いつつも、やはり一蓮托生であるはずのバディ関係にしては非常にゆるい。
桂馬を一人で呼び出したドクロウちゃんの話とは元のセカイに帰る方法だった。
前回桂馬が気にしていたように、時間を移動するなんて大層な術がなんとなくすごしていたら元に戻っていましたなんて展開になるはずがない。
誰かがその方法を伝える方法がある。
そして女神のいない過去のセカイにおいてそれができるのは室長含めたドクロウだけなのだ。
現代に戻る方法は同じあかね丸の装置で呼び出してもらうだけ。
非常に簡単で分かりやすくてよろしい。
簡単であるがゆえにそれが出来る人物も限られてくる。
具体的には桂馬が過去に来ていることを知っており、かつこの装置のことを知っている人物だ。
ドクロウは”ソイツ”のことをわからないと言う。
でも桂馬は知っているはずだと。
現時点では時間移動のことと装置のことを両方知っているのは桂馬とドクロウしかいない。
桂馬は当然移動の当事者なので除外すると、呼び出すことのできる人物はドクロウしかいないことになる。
しかしそうなるとこのドクロウの言い回しが気になってくる。
10年後、自分が呼び出すつもりであれば「必ず私が呼び出す」と言ってしまえばいい。
ところがそう言わなかったということは、それができないであろうことが予想されるということだろう。
つまり10年後の現代においてドクロウは自由にアクションが取れない状態である可能性がある。
初めは天理にでも頼むものかと思っていたが、同様に天理に託すこともないのだろう。
装置の起動に球が必要になる以上呼び出す者は球を所持しておく必要があり、それはつまりそのままリスクになる。
球の使い方を桂馬に教えるために、ドクロウは自身の心を桂馬に伝える。
セーブポイントだったり、分岐点警告だったり、以心伝心だったりと非常に便利な球である。
案外この球はユピテル編だけでなくその後にも重要なファクターになったりもするのかもしれない。
ドクロウが見せたのはかつての記憶。
まだ地獄が平穏だったころの記憶。
そして戦いの記憶。
アルマゲマキナによって地獄が汚染され退廃していったという話は今までも作中で十分に語られてきた。
一方で地獄には女ばかりで子供がいないという状況は見せていたが、その詳細が語られたことはなかった。
今回初めてその絶望的な状況が明かされたこととなる。
未来に生まれてくる子供の魂まで戦いに使ってしまった、というのは業の深い話だ。
しかしこれで一つ分かったことがある。
悪魔が人間の魂からエネルギーを得ていることは過去に語られたが、どうやらその魂は人間に限定する必要はないようだ。
あるいは、”魂”というものには根源的に人間と悪魔(あるいは天界人)とで違いがないのかもしれない。
原作者の悪魔と人間でも子供は作れる(が、禁止されている)という発言も考えると魂に差異はないと考えるのが自然か。
また、悪魔の魂を使い切ってしまったということは次に大きな戦いがある場合はエネルギーを求めて人間の魂を使う可能性が高いということも分かる。
そんな戦いが起こるかどうかは分からないが、不穏な動きを見せる地獄の上層部に未だ影も形も見えない天界のことを考えると十分に可能性はあるように感じられる。
戦わない勇気。
それを選択するのは並大抵のことではない。
真に戦いが起こっているのであれば、戦おうとしない者は淘汰されてしまう。
残念なことではあるが、全て過ぎ去ってしまった後にしか『そうするべきだった』という道は見えてこない。
だからこそ、戦ってしまった過去があるからこそ戦わないための戦いを見つけることができる。
桂馬は戦争はダメだと、戦いたくないと言った。
戦いは戦いだと言う。
でもきっとそれは頭で分かったつもりになっている絵空事で本当の戦いを知らない言葉だ。
そしてそれは自分自身にも言える。
当然だが私は戦争を知らない。
喧嘩ぐらいならしたことがあるが命のやり取りなんてものはしたことはない。
戦いが何であるかなんてフィクションの中でしか知らない。
でもその痛みを知らないことはきっと良いことなのだろう。
そしてこれから先もそうでなければならないのだ。
ヴィンテージの作戦を邪魔して、女の子たちを守ったのは良いがこのままではいずれバレてしまう。
ヴィンテージの目的が駆け魂を復活させることにある以上穴をあけた(と思い込んでいる)女の子たちの所に再度現れることは想像に難くない。
だからドクロウは身代わりになることで守ると言う。
桂馬も対策を決めあぐねていた問題だけに対処に乗り出してくれたのは渡りに船だろう。
しかしそれはドクロウが一人で戦い続けることを意味している。
辛かったとしても桂馬(あるいは天理)と接触することは、それだけで危険に巻き込むことになってしまう。
だから会わない。
だからさよなら。
もし会ってしまっても知らんぷりで赤の他人だ。
!?
ドクロウちゃんの正体?については諸説あった。
というほど数はなかったがそれも今回でほぼ確定した。
まだ完全に確定したわけではないが、まぁほぼ間違いないだろう。
ドクロウちゃん=二階堂先生だ。
確かに設定的には他に候補がなく、二階堂or完全に新キャラしか無かった。
二階堂は今まで”何か設定はあるが分からない人”だったが、今回の話でその設定が明かされた。
過去編では今まで溜めに溜めていた天理が解放されたが、同時に裏で溜めていた二階堂も解放されたというわけだ。
何気にこれは凄くでかいことだと思う。
しかしドクロウちゃん=二階堂は予想していたというかまぁほぼ確定だろうとは思っていたが、実際にそうだと分かるとやっぱりショックがでかい。
なんというかドクロウちゃんは非常に可愛い妹だったのでそれがあのキツい女教師になると言われるとなんというか・・・
桂馬の仕事は3つあった。
一つは、ドクロウに会い世界を救うための条件を知ること。
一つは、天理と会い協力者を得ること。
そして最後は、女神たちを決めること。
最後は予想だが、過去編開始からの流れでほぼ間違いないだろう。
そんな仕事、という言い方からしても桂馬も現代でのドクロウについて心当たったのだろう。
『仕事』という言葉がこの騒動の対処だけではないように見えるのは狙ってのことのように思える。
ドクロウ一人に事を任せてしまうことに心苦しいところもあるのだろう。
桂馬の目指す先には犠牲があってはならない。
しかし今はドクロウに委ねることしかできないもの事実。
そんな桂馬の言葉をドクロウは『嬉しい』と受け止める。
かつてはできなかった戦いを止めるための戦いをすることができるから。
そのために生まれ変わったというドクロウは、同じ記憶を持っていてもやはり室長とは違うだと思う。
戦いを止めたいと願う気持ちは同じでも、新たなドクロウを作ってその願いを託したのだ。
立場のこともあるし、事を成すのにやはりその立場が必要になってくる可能性もある。
でもそれ以上に”戦ってしまった私”ではなく”戦わないことを選んだ私”に未来を託したかったのではないか。
そんなわけでドクロウちゃん、しばしお別れですよ。
分かっちゃいたけどやはりドクロウ=二階堂は結構衝撃的である。
ま、まだ可能性あるもんね!と悪あがきもとい、
ドクロウちゃんの正体が分かったところで真っ先に思い浮かぶ二階堂との性格の不一致について考えられることは、
- 本当に知らんぷりしてただけ
- 女の子たちの変わりに駆ける魂を受け入れたことで性格の変化や記憶の喪失が起こっている
- 上記以外の理由で記憶を改竄していた
そもそも別人
知らんぷりしていただけにしては少々性格が違いすぎるのでもう一捻りなにかありそうな気はする。
案外ここから予想外のどんでん返しがあるのかもしれない。
何にせよこれで桂馬が過去でやるべきことは残り一つとなった。
具体的には女神の配置。
女神を付けること事態は回収した装置を使えばできそうだが、駆け魂と一緒になっている女神とその宿主たちの捜索をするのは大変じゃないだろうか。
・・・というところまで書いて気づいた。
大脱走の時点で入れ替わりが終わっている必要があるとすると、女神の配置自体はドクロウの仕事ということになる。
つまり桂馬の残る仕事は宿主を探し穴を開ける?ことになる。
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